西端真矢

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ウェブ版「婦人画報」連載「四季の間の折節――千宗屋のしつらえ12か月」、今月の記事が更新されました(取材執筆を担当しています) 2021/01/18



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取材・執筆を担当しているウェブ版「婦人画報」での連載「四季の間の折節――千宗屋のしつらえ12か月」、一月の記事「祈りのお山」が公開されました。

一年の始まりの月、床の間に、武者小路千家若宗匠 千宗屋さんが掛けられたのは、おめでたい富士の山のお軸。そして、柳の枝を輪にして長く長く垂らす、綰柳(わんりゅう)。
どちらもお正月の定番のしつらえと言えますが、そこここに、千さんだからこそ、の機知と精妙な美意識が働いているのは、毎月のこと。今月のお話を、下記のURLよりどうぞお楽しみください。私も毎月取材でお話を伺うのが、本当に本当に楽しみなのです!
https://www.fujingaho.jp/lifestyle/tea-flower/a35194949/sen-sooku-shikinoma-siturae-210116/

クロワッサン「着物の時間」にて、和菓子職人・御園井裕子さんの着物物語を取材しました 2021/01/09



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バタバタしていて店頭に置かれているのは今日までとなってしまったのですが、ウェブ版もある時代(もちろん書店取り寄せも!)、どうぞ引き続きご高覧頂けたらとお知らせします。
マガジンハウス「クロワッサン」での連載「着物の時間」、今月は、鎌倉の和菓子舗「手毬」の店主、御園井裕子さんを取材しました。

今でこそ和菓子職人を目指す女性は多いのですが、まだ完全男性社会だった20年前に女一匹孤立無援で飛び込み、男性職人から色々と意地悪も受けながら、やがて、オリジナルな上生菓子造形で人気職人となった御園井さん。その成功戦略の背後には、実は「着物」が存在しています。
ビジネスの武器として、着物を着る、という選択。どうぞ皆様ぜひ記事をご高覧ください。

新年ご挨拶~~コロナ禍でのこれまでとこれから 2021/01/06



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皆様、新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
     *
年頭に当たり、近況報告も兼ねて、コロナ禍の中での来し方行く末について、雑感と抱負のようなものを記してみたいと思う。「です、ます」ではなく「だ、である」が自分自身の文体であるため、ここから突然文体が変わることをお許し頂きたい。

さて、きわめて個人的に昨年一年を振り返れば、重度の肺癌、かつアミロイドアンギオパチー(脳の疾患)、かつ中程度の認知症という三重苦の持病を持つ母を抱えて介護生活二年目に入ったところで、コロナという新たな困難が突然背中にのしかかって来た。
泣きっ面に蜂と言うのか、弱り目に巨大な祟り目とでも言ったらいいのか‥殴られても殴られても何とか立ち上がって来たのに、これ以上まだ殴られるのか、という思いだった。
もしも私がどこかでコロナをもらって来て母にうつせば、ほぼ百パーセント、その死は免れない。自分が親の死の原因になってしまうかも知れない、というたとえようもない恐怖にさらされながら、一年間、一日一日、毎分毎秒を生きることになった。
正直、もうくたくたであり、時々、立ち上がることも出来なくなって、しばらくぺたっと床に座っている時がある。私の味わっている苦しさは、同じ立場に立たされた人以外、決して分からないだろうと思う。
       *
一方、こうして一年を通過する間に母の癌は一段と進み、現在、いわゆる“最終ステージ”に入っている。秋の初めに、もしかするともう年は越せないかも知れないと主治医に言われ、通院での治療ではやれることがないということで、在宅治療に切り替えることなった。
それでも、まだ、母は生きている。
末期癌につきものの痛みも今のところはなく(もちろん痛みを抑える薬は投与している)、ベテランのケアマネさんの話では、家で過ごす患者さんは不思議と痛がらない人が多いとのことで、母もこのまま逝ければ良いな、と心から願っている。
おそらく、来年のお正月は、もう一緒に迎えることは出来ないだろう。静かに、平和に、母を送り出すことが出来るように。ここまで最善を尽くして来たという自負があるから、心残りはもう何もない。今まで続けて来たことを、最後の日まで、丁寧に、淡々と続ける。それだけを思って毎朝母の顔を見る。
       *
こうして介護の日々を送りながら、一方で、仕事も続けて来た。
二年前、母の調子(特に頭の調子)がいよいよ悪くなってきた時に決めたことは、仕事は絶対に手放さない、ということだった。
フリーランスの文章書きという私のような立場の人間は、一度前線を離脱してしまえば人のつながりは切れてしまうし、自分が得意とする分野の最新の動向にもどうしても疎くなってしまう。「介護は一年だけ」と決まっているならまだ見通しも立つけれど、何年続くか分からない中で一度手放せば、終わった時に残るのは空っぽの自分だけだろう。冗談じゃない、という思いだった。
けれど、このコロナ騒動では、期せずしてしばらく仕事を休むことになった。連載も休載になったし、新しい仕事の依頼もパタリと止み、注文が来ないのだから自分のせいじゃない。やりようがない。前から書きたいと思っていたものの時間が取れずに書けないでいた長いものを書いているうちに、秋になる頃からまた依頼のペースが戻って来て、気がつけば連載も一つ増えていた。今はかなりと言うか、非常に忙しく過ごしている。
もちろん、第三波、或いは第四波と続く中でまた依頼も途切れるのかも知れないけれど、このまま流れるまま、呼ばれるまま、呼ばれる限りは一つ一つの機会に全力を尽くして書き続けていきたい。
       *
そして、こうして介護と仕事に力を傾ければ、どうしても、プライベートと言うのか、遊びの時間――趣味の時間や人との交際の時間は、犠牲にせざるを得ない。これは仕方のないことだと思っている。もちろん、私の場合は、仕事と趣味が重なっているところが多いし、もともと出不精なこともあって、この状況はさほど苦になっていない。
と言うか、たぶん、根本的にもともと欲張りではなく、更にまったく完璧主義者でもないため、何もかもを全部しっかり、いわゆる“素敵な生活”的にきちんとこなそうとか、人が楽しんでいることは自分も全部楽しみたいという気持ちがはじめからないから、苦を感じずに済んでいるのだろう。SNS映えはまったくしないけれど、コロナという、人を地味にさせる状況下では、期せずして強みを発揮する性質、なのかも知れない。
       *
そして、このコロナという誰も経験したことのなかった新しい状況に対処していく中では、よく言われることだけれど、人の特性がはっきりと見え、この一年、驚くこと、失望することも多かった。もちろん、私も誰かを失望させているのかも知れない、とも思う。
けれど、先ほども書いたように、もともと完璧主義者ではない分、誰とでも仲良くしようという気持ちもないから、ざっくばらんに言ってしまえば、もうたくさん、と見切りをつけた人も多い。あまりに軽率な人。その反対に、あまりにヒステリックに恐怖の感情をまき散らす人。一方でバカの一つ覚えのように、ひたすらポジティブを押しつけて来る人。それぞれ、もう結構です、と胸の中で区分けした。
冷たいと言われるかも知れないけれど、それで結構。こちらも親の生き死にがかかっている中で必死で生きているのだから、つき合う相手を選ぶのは当然のことだと思う。
仕事も、人間関係も、流れるままに。流れの中で、必要のないもの、もともと縁の薄かったものはきれいに剥がれ落ちていく。すっきりと、さっぱりと、生きていこうと思う。  
       *
ところで、冒頭の写真は、昨年一躍知られることとなった“アマビエ”をかたどったお菓子(三田の「大坂屋」製)。本来なら知恵を尽くして美しいお皿に載せるべき上生菓子を、敢えて、漆がひび割れ、もう捨てるしかないぼろぼろのお皿に載せてみた。
そう、これは、赤い日の丸の見立て。今、ぼろぼろに傷ついている日本というこの国に、そろそろアマビエが立ちのぼり、ゆっくりとでも活力を取り戻していける年となるように。そんな願いを込めて――一日一日を生きていく。