西端真矢

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婦人画報デジタル連載「四季の間の折節―千宗屋のしつらえ12か月」六月の回がアップデートされています 2022/06/30



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「婦人画報デジタル」での連載「四季の間の折節――千宗屋のしつらえ12か月」、六月の回がアップデートされています。武者小路千家家元後嗣 千宗屋さんのお話を私がまとめています。

私の体調がいまだ本調子ではなくお知らせが遅くなってしまいました。
六月の今回は、禅画が掛かります。作者は、江戸時代の偉大な禅師、白隠和尚。と言っても、いかにも禅問答風の小難しい一幅ではなく、五人の早乙女が並んで田植えをする微笑ましい風景が描かれています。
そこに千さんが読み解いた白隠和尚のメッセージとは‥?
そして、禅がに対してどのような花入がふさわしいのか‥?
下記のURLよりご高覧ください。
https://www.fujingaho.jp/lifestyle/tea-flower/a40388829/sen-sooku-shikinoma-siturae-220629/

絶食生活三日目に心に浮かぶつれづれ 2022/06/08



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 東京もいよいよ梅雨入りして気圧変化に弱い一群の人々には何とも気の滅入る季節が始まった今週、さらに私は、絶食生活を送っている。
 最今流行の優雅なファスティングなどでは、ない。 
 一昨日6日深夜、突然の腹痛で目覚め、尾籠な話で恐縮だが血便もあり‥‥。朝一番で病院へ駆け込むと、「虚血性大腸炎」と診断された。要は、腸の一部が激しくただれ、出血している状態。CT画像を見ると腸壁と腸壁の隙間?がすっかりつぶれているそうで、先生が「ほら、こんなに一体化しちゃってます」と感慨深げに患部をペンで指していた‥‥。

 この病気は命にかかわることはないものの、体を動かすと振動で傷が広がってしまうし、また、食事をして消化活動が始まると、当然腸が動いてやはり傷が広がってしまう。そのため、とにかく安静に過ごさなければならない。そして3日から1週間ほど、完全に絶食!栄養分と抗生剤は点滴で体に取り入れる‥‥というのが標準の治療だそうだ。
 「数日間入院した方がいい」とも言われたが、私には母の介護があるからそれは出来ないと訴えた。何しろ、看護師さんやヘルパーさんが来てくれる日でも、24時間の滞在ではないのだから、一日最低1回は家族がオムツ替えしなければならない。来ない日は、それが2回か3回。更に食事の準備や介助もあり、これらすべてを父一人にさせることはあまりに負担が大き過ぎる。切々と訴えると、最低限の介護行為だけを行い、あとは静かに寝て過ごすこと‥‥ということで自宅治療のオーケーが出た。
       *
 もちろん、点滴には通わなければならない。毎日午前中に病院へ行き、2時間の点滴。かなりの長時間のはずだが、やはり体内で炎症が起っていて身体が疲れているのだろう、ぐっすり寝ているうちに終わっている。
 病院への行き帰りには、タクシーを使う。何しろ腸が痛いから、数メートルほど以上は続けて歩けない。家から徒歩10分くらいの距離の病院だから近過ぎて運転手さんには申し訳ないけれど、どなたも快く運んでくださる。母が寝たきりになる前、通院付き添いをしていた時も、タクシーの運転手さんには本当に良くしてもらっていた。病人にとってタクシーはなくてはならない頼もしい存在だ、と改めて思う。
       *
 さて、絶食三日目の今日、点滴で栄養を入れているせいか、あるいはまだ腸の痛みがあるせいか、不思議と空腹感はない。
 そして、「食べないと、時間がいっぱいあるな」と実感する。
 何しろふだんなら、どこか外から帰って来るとすぐお茶を入れてお菓子をつまむ。一日家にいる日でも、甘党の私はちょこちょこお茶を入れてお菓子を食べる。もちろん三度三度の食事も取る。その度にお皿を洗うし、食材やお菓子の買い出し、そして調理に時間がかかるのは自明のことだろう。さらに「明日と明後日の夕食には何を、どこで買うのか」「今週は何曜日にどこのお菓子を食べようかナ、そのためには明日の仕事の帰りに**に寄って上生菓子を買って、その後**でビスケットを買って」‥‥と調達の計画をすること自体に実は相当の時間を使っていることに気づかされた。
 食べなければ、これらすべての時間が消滅する。0時間0分。
 どこかのIT企業の社長が「食べることに時間を使うのがもったいない」と、日々サプリメントとウィダーインゼリー的なものだけで生活しているという記事を読んだことがあるが、確かに、食に執着がないなら、そういう生活もいいのかも知れない。人類は食にあまりにも多くの時間を使っている。食に拘束されている。食のことを考えなくていい生活は、魂の開放、食という鎖からの自由!とすら感じる。
       *
 一方で、空腹感こそないものの、「食感」、或いは「味感(あじかん)」とでも言ったらいいのだろうか、そういう何かを求めている自分がいることも実感する。お腹はすいていないけれど、何かが口の中を通った感触がほしい。それも、何でも良い訳ではない。自分が好む味の感触でなければいけない、と切実に思う。
 毎朝食べている気に入りのパンの上に乗った、あの半分溶けかかったチーズのあたたかさ。上生菓子の餡と、その餡を外側から包む練り切り、或いはきんとん部分が舌の上で混ぜ合わさる感触。美味しく炊けた白いお米の一粒一粒の内側からはじき出されて来る熱のかたまり‥‥。それらをむしょうに求めている。

 しかし、今の私に許されているのは、白湯、お茶、スポーツドリンクだけだ。
 番茶の味にもいいかげん飽きてしまったし、スポーツドリンクはどこか薬めいた味がする。そうだ、スポーツドリンクが良いなら、ヤクルトでも大体同じだろう、と、本当はいけないのかも知れないが、こっそり飲んでしまった。
 ヤクルトはふだんから毎日飲んでいる。最近人気のヤクルト1000などの高級ラインよりも、一番安い、標準ヤクルトの味が好きだ。その味の感覚がのどを通過すると、何かが少し満たされた気がする。
 それにしても、三日目でこうなのだから、あと何日我慢出来るだろうか。とりあえず、明日、再び検査を受けて、そこで絶食を終えても良いかどうかの判断が下る。それまでは白湯、お茶、スポーツドリンクの無限ループ。そしてじっと白い皿を眺める。