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七月大歌舞伎甘辛批評 2026/07/20
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今月第一週、7年、あるいは8年振りに歌舞伎座へ出かけた。
母の介護、自分のがん手術、そして後遺症と苦しいことが続き、たぶん、最後に観に行けたのが2019年か18年だったと思う。白い壁、黒い瓦屋根、そして赤い提灯の下がる正面玄関が見えて来た時、帰って来たよ、と胸の中で呼びかけた。
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今回の観劇の目的は複数あったのだけれど、一番は、中村隼人を見ることだった。
実は、隼人のことはこれまでずっと〝つまらない役者〟だと思って来た。
顔は文句なく美しい。品も良い。踊りもお芝居もきちんきちんとこなしていて、真面目に稽古しているんだろうな、性格も真面目なんだろうな‥‥でも、それだけ。何かが足りない、見ていて面白くない。そんな役者だと思っていた。テレビでの演技を見ても同じことを感じた。
役者に一番大切なものは、演技力。これはもう言うまでもないことだけれど、それに加えて華、もしくは毒がなければいけないのだろう。何だか分からないけれど、どうしてかこの人に目が行ってしまう。そのような力を放っていなければいけない。それさえあれば顔は美しくなくてもいい。
逆に言えば、顔だけが美しくても華がなければ、味のないガムのようなもの。中村隼人のことはそう認識していた。
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ところが、昨年『べらぼう』を見ていると、彼が少し変わった気がした。
ところどころやや大根な演技もあるものの、不思議と目が行ってしまう。気がつくと「今週は隼人出るかな?」と主題曲の時にクレジットを探している。出て来ると嬉しくなる。私が歌舞伎に行けなかった7年の間に、彼に何があったのだろう?人間とは、役者とはまことに不思議なものだ。これはやはり歌舞伎座に足を運んで、生の演技を確かめなければいけないと思ったのだ。
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そうやって実際に見た中村隼人は、やはり変化していた。
松羽目もの(能や狂言を歌舞伎化した演目のこと)の『末広がり』は踊りの多い演目だけれど、手足が止めるべきところで止まり、流れるべきところで流れ、大変に小気味よい(何と皿回しまでこなしている!)。
そして、太郎冠者というコミカルな役柄に入り込み、楽々と、呼吸するように演じているのが見ていて伝わって来た。ちゃんと太郎冠者になっている。昔の隼人とは別人だった。
そしてもう一つ、この日彼が出た演目、『御浜御殿綱豊卿』は芝居自体が冗長でいま一つ面白くないのだけれど、一番の見せ場で超絶の長台詞をこなしながら、赤穂浪士の悲哀を見事に表現していてなかなか胸に迫るものがあった。
どうやら中村隼人は本当に脱皮したようだ。とてつもない華を放っている、とまではまだ言えないけれど、いい役者になって来ている。
ただ歌舞伎を見に行くのだけでは、少し物足りない。好きな役者が出ているのを見るのがやっぱり楽しいのだから、一人目当てが増えてほくほくしている。
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一方、染五郎には心配になってしまう。
基本の姿勢がまったく出来ていないのは一体どういうことなのだろう。幼い頃から稽古をしているはずなのに‥‥。
腰が据わっていないから立ち居振る舞いがひょこひょこ/ずるずるしていて見ていられない。踊りの手の動きもすべてがだらりと流れてしまっている。この日森蘭丸を演じていたが、まるで匿流の少年を舞台に上げたようなひょこひょこ歩きで、信長の怒り買って切られてもおかしくない。
彼は顔は非常に美しい。台詞回しは上手いのだからもったいないし、それ故に立ち居振る舞いとのちぐはぐさがいっそう際立ってしまっている。
周囲に誰か苦言を呈せる人はいないのだろうか? 耳にやさしいことばかり聞かせているのでは、結局彼が一番かわいそうだと思うのだけれど。
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嬉しかったのは、歌舞伎座が満席だったこと。
コロナ禍の後しばらくは、歌舞伎好きの友人たちが「今日も空席多かった‥‥」とSNSでつぶやくのをよく目にしていたけれど、やはり「国宝」効果なのだろうか。何て素晴らしいことだろう!
この日の演目の中では、本能寺の変を題材にした「時今也桔梗旗揚(ときはいまききょうのはたあげ)」が、序破急の構成で抜群に面白かった。私は初めて見る芝居だったけれど、作者を確かめると、鶴屋南北。やはり、と唸る。
この他にもあれこれ書きたいこともあるけれどキリがないので、まずは7年ぶりの歌舞伎を、ざっとこんな風に見たのだった。
(この日着たきものやお弁当などお芝居以外のことは、明日、別ポストにて)