西端真矢

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私のフェミニズム、私のme,too――「婦人画報」7月号で上野千鶴子先生を取材して 2019/06/03



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発売中の「婦人画報」7月号で、上野千鶴子先生を取材した。
今年の4月、おめでたさ満開のはずの東大入学式の祝辞スピーチで、「がんばってもそれが公平に報われない世界があなたたちを待っています」とぶちかまし、大反響を巻き起こした、あの上野先生である。日本のフェミニズムを代表する論客であり、生半可な気持ちでは取材出来ない人であることは、どなたにも分かって頂けるだろう。実際、非常な緊張感と、必死の準備をもって取り組んだ仕事になった。
そして、これは自分でも意外なことだったけれど、先生の著作を読み込み、実際に先生と対話し、原稿に向かう中で、しみじみと、自分の中のフェミニズム的問題について思いをめぐらせることになった。時には一人部屋の中で涙ぐんでしまうことさえも。
だから、今日のブログでは、私自身の個人的なフェミニズム、私のme,tooを語りながら、当該の上野先生の取材記事をご紹介したいと思う。何故ならフェミニズムの問題は一人一人の女性にとって、個人的になる他ない問題群だからだ。その主張に賛同するにしろ、反発するにしろ、何故賛同するのか、何故反発するのか、その態度表明自体に自分のアイデンティティが直接浮かび上がる。どうしようもないほどに切実な問題なのだ――ということに、今さらながらに気づかされたからだ。
          *
先ほど、時に部屋で涙ぐんでしまうことがあった、と書いた。
もしもそのことを上野先生が知ったら、また、先生の著作を読んだことがある方なら、何故泣くのかと不思議に思うかも知れない。先生の論考は社会学者らしくこつこつとデータを積み上げ、厳密に論理を詰めたもので、冷静で構築的で、そして強靭だ。およそ情緒的なお涙頂戴表現からはかけ離れているのだけれど、でも、私は時々涙で先が読めなくなることがあった。
先生の著作は、どのページを開いても、どの行も、一つのメッセージを伝えようとしていた。それは、こんなことはおかしい、というメッセージだった。女だからこれはしてはいけない、女だからこれくらいにしておけ、女だから我慢しろ、おとなしくしろ、俺たちを凌駕するな、ただ俺たちの欲望の対象でいればいい。そういうすべての言説に対して、一行一行が「おかしい」と声を上げていた。読んでいる私に向かって文字が踊り上がって来るようだった。その強さに涙がこぼれた。恐らく孤独な戦いだっただろう。それでもこの人は一歩もひるむことなく、冷静に、強靭に戦い続けたのだ。その勇気に涙がこぼれた。

そして自分自身のことを振り返った時、もう一度、涙がこぼれた。私は先生とは真逆だった。勇気がなく、声を出そうとして胸の中にぐっと呑み込んだ言葉がいくつもいくつもあった。その時感じた悔しさや、屈辱の感情がよみがえってため息をついた。そのため息が涙に変わったのだ。
たとえば広告代理店に勤務していた時、私は仕事の後の飲み会の席で、取引先の或る年上の性から何度も腿を触られた。その男性には、「哲学科を出ている女なんて最悪常」とも言われた。けれど私は反論しなかった。
社会に出て初めて勤めたアパレルの大手では、上司が机にハードなヌード写真のカレンダーを置いていて、毎日それを見なければならなかった。鳥肌が立つほど嫌だった。けれど私は声を上げなかった。
またある時には、やはり代理店時代の飲み会の席で、次長という非常に高い地位にある上司から卑猥な言葉を言わされた。「ねえねえ、*って言ってみて」と言われて意味も分からず「*」と言い、「じゃあ、*って言ってみて」と言われて「*」と言い、「じゃあ、‥」と続き、最後に、「逆から言ってみて」「*、*、‥」と、言いかけた言葉が非常に卑猥な言葉だと途中で気づいた時、私は赤面し、当惑し、そして絶句した。
またある時、クリエーティブディレクター(CD)、コピーライター、アートディレクター、営業の全員男性、プロデューサーの私だけが女性というチームでCMの編集スタジオに入っていた時、一歳年上のCDから、「今から下ネタ話したいんだよね。女がいると出来ないから、ここから出て行ってくれないかな」と言われたこともあった。
実は、このCDとは、それ以前に別のチームで仕事をしたことがあった。私は彼を良い仕事仲間だと思っていたけれど、いつしか彼は私に友情以上の好意を持っていたようで、或る時、やはり飲み会の席でお酒の力を借りてその想いを表して来た。私は彼に友情以上のものは持てなかったらやんわりと拒絶し、彼はそのことを根に持ったようだった。翌日から、それまでのナイスな態度とは別人のようによそよそしくなったのはあからさま過ぎて笑いたくなったけれど、きっと復讐の機会をうかがっていたのだろう。「下ネタ話ししたいから出て行け」というパワハラとセクハラの入り混じった攻撃を仕掛けて来たのだ。
けれど、その瞬間、私は、「分かった」と言ってそこを離れた。場は凍りついていた。こんなことはしてはいけないことだということは、他の男性社員はもちろん分かっていただろう。けれど、会社は「クリエーティブ・ファースト」を方針としていたから、CDの序列が最も高い。誰も彼に逆らいたくはないのだろうな、穏便に事が済むといいなと願っているのだろうなということが分かったから、私は、「こんなことはおかしい」「こんなことは屈辱的だ」という言葉を呑み込んだ。そして別の場所で社外の友だちにメールを打ったり、見積を作ったりしてその下ネタ話が終わるのを待った。ちょうどこのメールを打ちたいと思ってたんだよね、見積作業もしたかったし。だから、ちょうどいいじゃない、と自分に言い聞かせて。

――そんな風に、呑み込んだ言葉がいくつも、いくつも、書き切れないくらいある。
私はレイプをされたわけではない。何時間も体を撫でまわされ続けたわけではない。女だからと昇進を阻まれたわけでもない。たかが言葉の上だけでのこと、たかがほんの少し体を触られただけのことじゃないか、そのくらい流せよ、と或る種の男性たちは言うだろうか? 呑み込んでうまくいなすことこそ賢い女よ、と男の意をくむ「賢い女性」たちは言うだろうか?
確かに私は呑み込んだ。そうすると、悪臭を放つ大便のような何かが、肌の内側にこびりついてはがれなくなった。ずいぶん長い時間が経った後でも、何かの時に、ふっとその悪臭に気が遠くなる。「小さなこと」なんかでは、決してないのだ。人の尊厳にかかわることなのだ。
          *
それなのに、と思う。何故、私は反論の言葉を呑み込んだのだろう? 何故上野先生のように戦えなかったのだろう?
理由はいくつも並べられる。上司に逆らえなかったから。チームの雰囲気を悪くしたくなかったから。確かに、唯一反論に出たのは冒頭に挙げた腿を触る取引先の男性に対してだけで、それは、取引先と言ってもこちらが発注を出すクライアントでありまだ立場が強かったからで(そもそもクライアントの腿を触ること自体が信じられない話だが)、それでも、その彼に対しても、「何故女性が哲学を学んではいけないのですか?お詫びして、訂正してください」とは言えなかった。

結局、私は、怖かったのだと思う。私は自分のイメージを守りたかった。もしもその場で「それはセクハラです」「不愉快です」と声を上げたら、そのとたん、私は、うるさい女、面倒な女、潔癖症のお堅い女、に分類されるだろう。それがとても怖かった。
そんなことが怖いのか、と驚かれるだろうか?でも、真実なのだから仕方がない。私はとても怖かった。自分で今こうして書いていてもなさけなくなってしまうけれど、怖くて怖くて仕方がなかった。「潔癖症のお堅い女」と思われたまま、その同じ人間関係の中で仕事を続けていけるとは思えなかった。だから、沈黙した。もの分かりのいい、「さばけた女」になろうとした。本当は、さばけたいなどと1ミリも思っていないのに。
私はそういう、なさけない、へたれだった。だから、先生の著作を読んで泣いてしまった。それは、ふがいない自分に対する怒りと、あわれみの涙だった。こんな悲しいことがあるだろうか。
          *
それでも、と思う。
それでも私はまったくの白旗をあげることだけはなしなかった。分かりました。じゃあ、今日から、私は私のキャリアを追いかけることをやめます!何故なら男性と競うことになるから。自分で収入を得る道を放棄します!そして男性に養ってもらい、その男性の背中の後ろを三歩下がって歩く、もの分かりのいい良妻賢母を目指します!いつもにこにこすべてを受け入れる聖母の役を演じます!と完全撤退することだけはしなかった。
私がこの社会に対して採った戦略は、あの人気ドラマのタイトルと同じ「逃げるは恥だが作戦」と言っていいのではないかと思う。上野先生のように凛々しく、正面突破では戦えなかった。びくびくと、一まずはしっぽを巻いて撤退し、「さばけた女」というカモフラージュの密林に逃げ込んで、そのせいで悪臭ただよう大便的な何かをびっしりとお腹にこびりつかせ腹痛に悩みながら、一歩ずつ、迂回戦線を匍匐前進で進んだ。そしてわずかずつでも自分の陣地を広げる。そういう、いかにもなさけない、弱者の戦略を生きて来たのだ。
そのことに初めて思いをめぐらせた時、何ともかっこわるいけれど、それでも頑張ったじゃないか、と、自分の肩を抱きかかえたくなって、もう一度涙が出た。
          *
今、思うのは、これから社会に出て行く女性たちが、もう私のような思いをしないで済む社会であってほしいということだ。そして今後社会の中で上位ポジションに着く女性が増えていく時に、女性たちが、これまで自分たちが受けて来た屈辱を若い男性たちに与えることがないように、と願う。
フィギュアスケートの高橋大輔選手に対して、連盟会長の橋本聖子氏がキスを強要した事例を見る時、強い怒りを感じる。男性が女性に、女性が男性に、好意や性的欲求を抱くこと自体が悪い訳では、もちろんない。相手の意志を無視してそれを押し通すことが問題なのだ――という、わざわざ書くのもばからしいほど当然のことを理解出来ない人間を「下品な人」と呼ぶが、「下品」は男性にも、女性にもいる。当然が普通に当然とみなされる社会になることを、心から願う。
          *
もちろん、社会は少しずつ変わっている。そもそも「婦人画報」が上野先生を取材すること自体が、時代の変化の表れであるだろう。
創刊110年を超える「婦人画報」は、これまで、最高度に洗練された物品や環境を享受するための最新情報を発信し続けて来た。しかし、7月号では「日本をつなぐ」と題し、「サステナブル社会」を第一特集に掲げている。
食、教育、消費の仕組み――人生を豊かに楽しみながらも、地球に対し、人類に対し、持続可能に生きるためにどのような選択があるのか。上野先生への取材は、その模索の一つとして行われた。何故ならば――これは原稿の中でも書いた言葉だが――社会の半分は女性だからだ。ワンオペ家事、ワンオペ育児、セクハラ、デートレイプ、医科大学での不当な合格者調整。もしも社会の半分が生きづらいと感じるなら、その社会はどこかにひずみを抱えているのではないか。そして実際、そのひずみは急速な少子化に大きく影響し“この国の持続”そのものに危険信号を灯している。
記事中で、先生は、日本のフェミニズム40年を総括し、この国で、一人一人の女性たちがこれまで、私が感じて来たように感じて来た生きづらさの何を変え、何がいまだ変えられていないのか、変わるために何が必要なのかを洞察し、語っている。それはこれまでの男の「下品」な行為をひたすら責め、攻撃するような、浅はかなものではない。変わることで、女はもちろん、男性たちも、より楽々と、のびやかに、持続可能に生きるための考察だ。

意気地なく沈黙に回り、それでも「逃げるは恥だが作戦」で細々と迂回路を進むしかなかった何百人、何千人の私に似た誰か、私のようなme,tooの女たちの痛みを仕方ないなあと一手に肩に引き受け、最前線で、正面から戦ってくれた上野先生のようなフェミニズムの先輩たちを、心から尊敬する。日本の女の生きづらさがそれでも何とかましなものに変わってきた原動力の多くは、間違いなく彼女たちにある。
そして、そんな上野先生を取材出来たことを光栄に思う。あまりに大きなテーマに七転八倒して数え切れないほど原稿を書き直し、「もうこの原稿が面白いのか面白くないのか、自分では分からない!」と発狂寸前まで悩みながら書きつづった。幸いにも先生から「骨太のレポートになった」と言って頂けた原稿をぜひご高覧頂けたら、これ以上嬉しいことはない。私はかつての自分と、たくさんの言葉を呑み込みしっぽを巻いて撤退を繰り返したへたれの自分と、ようやく握手出来たのだ。

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