MAYA from West End

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*日記は日本語のみで、翻訳はありませんが、時々全文中国語の日記も書きます。
*日記の写真はデジタルカメラと携帯のカメラで撮影したものであり、作品写真ほどのクオリティはないことをご理解下さい。「本気で写真撮る!」と思わないと良い写真が撮れない性質なのです。

*這本日記基本上用日文寫、沒有中文和英文翻譯。可是不定期以中文來寫日記。請隨性來訪。
*日記的相片都用數碼相機或手機相機來攝影的、所拍的相質稍有出入、請諒解。我一直覺得不是認真的心態絕對拍不出好的東西。
© 2011 Maya Nishihata
All Rights Reserved.

「美しいキモノ」冬号にて、東西の最旬和装小物をご紹介するページを担当しました♪ 2019/12/03



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発売中の「美しいキモノ」冬号にて、別冊付録の「最旬小物ショップガイド」で、東京・京都の旬な和装小物店をご紹介するページを担当しました。
各店の「定番vs最新小物」の形式で、一押し小物をピックアップしています。ぜひご覧ください。
超~時間のないスケジュールの中、素早い校正確認にご協力頂いた各店舗の皆様に感謝申し上げます。

「美しいキモノ」冬号は、年末年始のきものの最新スタイルを、カジュアルから礼装まで特集。
最近、忙しさもあってマンネリコーディネイトになっていたので、ページを繰りつつ、一人反省会と相成りました。
また、これまで深く考えたことのなかった黒染めの制作行程を詳しく紹介した記事や、即位の礼装束のこれ以上ないほど詳しい解説も、実は公家の服飾が苦手なだけに(武家ファッション好きなのです≧▽≦)、非常に勉強になって。
きものへ向かう気持ちを新たに、年末年始を和装で楽しみます。皆様もぜひお手に取ってご覧くださいませ♪

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香港の小さな勝利を祝福する 2019/11/27



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日本でも大きく報道されている通り、香港区議会選挙で民主派が勝利した。
私はこのところ母の体調が悪く、介護に忙殺されてブログどころかフェイスブックへの書き込みすらままならない日々が続いていたのだけれど、一日として香港のことを忘れたことはない。
それは、もちろん、香港にたくさんの友人がいるから、というのが一番の理由だけれど、でも、それだけでもない。香港は、日本を含め、中国共産党と対峙しなければならないアジアのすべての国々にとって、最前線の砦だと思っている。
ここを簡単には思い通りに出来ないことを知れば、台湾では、日本では、フィリピンでは、ベトナムでは、さらに大きな抵抗が待っていることを、共産党もさすがに身にしみて理解するだろう。だから、香港の民主派に属する人々は、私たちのために戦ってくれているとも言える。彼らを支持し続けなければいけない、と私は確信している。
         *
中国は、しきりに、「我が国は対外的野心を持たない」と言う。しかしそんな台詞をどうして信じられるだろうか?
着々とアジアの港に軍事基地を築き、その裏には相手国を借金漬けにしてそのカタに港を獲るというヤクザまがいのやり口があることは周知の事実だ。
尖閣諸島の周辺海域をうろつき、チベットを、ウィグルを、激しく弾圧する。自国の利益のためにはなりふり構わない姿こそ、まさに対外的野心そのものだろう。
安倍首相は来年習近平主席を国賓扱いで迎えると言うが、どういう見識の低さだろうか? 典型的な「支持政党なし」派の私はもちろん自民党支持者でもないけれど、習近平主席の国賓来日に反対する自民党有志の主張には賛同する。今からでも遅くはないから取り消した方がいい。
       *
世界はこれまで、中国共産党に対して、自由経済の枠組みに引き入れれば政治体制も自然と民主化するだろうと期待して来た。けれどそれは天真爛漫な夢に過ぎなかったことを、今、苦い思いで振り返る時期に入ったと言えるだろう。
共産党は決して退場を考えない。今の中国を立て直せるのは、今一歩発展させられるのは共産党だけだ、そう、世界にも、自国民にも言いくるめ続け、ため込んだ金と世界から学びとった科学技術を駆使して、結局自らの存続の道具にして来ただけだった。
「為人民服務(人民に奉仕する)」というのが彼らのスローガンだが、本心は、「人民は適度に満足させてやって、ものを考えさせないようにしておけ」、だろう。そしてものを考える人々は最新テクノロジーで監視し、苛烈に弾圧する。
一時の金に目がくらんだり(それは中国製の安価なIT機器の購入も含む)、純粋な善意から中国市場に深入りすればするほど、それは結局共産党の存続に手を貸すことになるだけだからよくよく考えた方がいい。回り回って私たちは自分の首を絞めることになる。共産党が存続し続ける限り、中国を信用してはならない。今の中国には失望しかない。
       *
そして、そんな中国共産党をすぐ隣りの土地から見て来た香港の多くの人々が、受け入れることが出来ないのは当然だろう。
もちろん、中には中国と上手くやり、共に繁栄しようと主張する親中派と呼ばれる人々もいるが、60、70年代、北朝鮮に夢を託して帰国し悲惨な境遇に陥ることになった在日朝鮮人の二の舞になることが、どうして分からないのだろうか?共産主義はそれほどやわではない。
       *
とは言え、今、金で釣ればそれこそやわになびくだろうと高を括っていた香港の人々の激しい抵抗に遭い、ようやく中国共産党もかつてのチベットやウィグルのようには行かないことを理解し始めただろう。さぞかし頭の痛いことだろうと思うが、いい気味だ、と言うしかない。
はっきり予言したいが、この抵抗運動は、彼らが譲歩しない限り絶対に終わらないだろう。
そして、ベトナム戦争で、叩いても叩いてもまた地下から湧いて尽きることがなかったあの地獄のゲリラ戦がじわじわとアメリカを蝕んだように、中国共産党の手の、足の指先を少しずつ腐らせていくだろう。香港と中国との距離はベトナムとアメリカのそれよりもちろんずっと近いだけに、事態はより深刻なものとなるだろう。
もしもこの抵抗運動を終わらせたいのなら、共産党は香港政府を通じて香港警察が犯した罪を認め、調査し、罰すべき人物を罰する機関を設けることだ。それをしない限りこの混乱は絶対に終わらないし、小手先の脅し(覆面禁止法のような)を行えば行うほど、かえって反発は深まり、抵抗は長引く。あとはただ一つ。正面から人民解放軍を侵攻させて終わらせることはもちろん出来るが、やれるならやってみればいい。平和を愛する世界の守護者中国共産党の仮面は粉々に砕け散ってその痛手ははかり知れないものとなるだろう。まったくいい気味だと言うほかない。

今回の区議会選勝利は、中国共産党のこの終わらない片頭痛に、新たに吐き気を加えることに成功した。小さな一歩だが、香港の人々の粘り強さに、心から敬服する。先は長いだろうが、世界の良心ある人々は、皆、香港を注視している。香港は孤独ではない。砦であり、私たちの仲間だ。香港の小さな、けれど確実な勝利を祝福する。

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祝パラリンピック出場内定!「メンズクラブ」12月号にて、幅跳びの山本篤選手を取材しました 2019/11/11



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昨日、ドバイで開催中のパラ世界陸上大会にて、見事銅メダルを獲得。来年の東京パラリンピック出場が内定した、走り幅跳びT63クラス、山本篤選手。
実は、現在発売中の「メンズクラブ」12月号に、その山本さんを私が取材した記事が掲載されています。

まだ残暑厳しかった9月上旬、山本さんが練習拠点としている大阪体育大学の陸上競技場へ伺い、取材・撮影をさせて頂きました。
私はこれまで義足や義手の方と接したことがなく、義足を間近で見るのは初めてのこと。控室で、“足を交換する”場面も、もちろん、初めて見る光景でした。
取材前は、正直に告白すれば、怖いという気持ちもありました。しかし、実際にフィールドを走る姿は、ものすごく、かっこいい。偽善ではなく、心からそう思わされました。
では、そのかっこよさの芯にあるものは何なのか?山本さんが東京パラリンピックの先に見ているものは?
2ページの短い記事ですが、本質に触れられたのではないかと自負しています。ぜひご高覧下さい。

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青山に、きれいな、きれいな紬布を見に行って。 2019/11/08



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青山のギャラリー「イトノサキ」に、きれいな、きれいな布を見に行って来た。
栗色のような、ベージュのような、グレイのようなその紬の布を織っているのは、杉森繭子さんという女性だ。
紬の産地、結城で織りの修行をした後、今は東京郊外の三鷹で、一人、黙々と好きな布を織っている。

実は、イトノサキの店主畔蒜さんに、彼女を紹介したのは私だ。
私の古い友人が杉森さんの同級生、という縁で知り合い、ある日三鷹のアパートに遊びに行った。手織りの大きな機が一部屋を占拠し、ブリキのバケツがいくつも棚に並んでいた。家の周りの武蔵野の草木を煮出し、糸まで自分で染めているのだという。

     *

そんな完全なる手染めの手織りだから、一反を織り上げるまでには数ヶ月の時間がかかる。生活のために他の仕事をしながら、黙々と染め、織っていた。
毎年、駒場の日本民芸館の公募展に出品して入選し、展示を見て買ってくれる人が、時々いる。京都の良心的な紬問屋が買い取ってくれることもあるそうだけれど、それ以外に販路もなく、質素そのものの生活だった。

何だか、胸がうるうるしてしまった。何しろ彼女はひどく口下手で、SNSも、メールすらも苦手。もちろん、営業トークなど出来る訳がない。この先一体織り続けていけるのだろうか?
それで、畔蒜さんに彼女の布を見てもらおうと思った。サバサバと気っぷよく、布の選択眼に超一流の畔蒜さんなら、きっと彼女の布を気に入るし、売り方も考えてくれるに違いない、と。

…そうやって実現したのが、今回の、この個展だ。
嘘のない、きれいな心の人が織った、きれいな布が並んでいる。身につけたら一日気分よく過ごしていけそうな、そんな布だ。

杉森繭子個展「グレージュの余韻」
http://itonosaki.sblo.jp/archives/201911-1.html

開催は、今週日曜日まで。青山の近くまで出向くことがあったら、ぜひ足を運んでみてほしい。

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クロワッサン「着物の時間」にて、漫画家の山崎零さんを取材しました。 2019/11/06



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マガジンハウス「クロワッサン」での連載「着物の時間」にて、漫画家の山崎零さんの着物物語を取材しました。
このところ、着物ファンの間で、じわじわと注目を集めている少女漫画があります。題して、「恋せよキモノ乙女」。着物が大好きな、ちょっと奥手の女の子が、恋に仕事に一歩ずつ成長していく王道の物語。その成長に、常に着物が寄り添っています。
着物好きの心をくすぐるこの物語の作者が、山崎さん。
出版不況の中、コミックはじわじわと増刷を重ね、トークショーなどのイベントには、色とりどりの着物を着た老若男女のファンが集まるのだそうです。
もちろん、山崎さん自身が大の着物好き。着物を中心に据えた漫画を描くことになったきっかけや、主人公の着物と山崎さん自身の着物の好みの関係性などをお聞きしました。
皆様、コミックとあわせてぜひご高覧ください!

一枚のきものと別れる日 2019/11/01



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 今年の秋はこの国にあまりにも厳しいことばかりが続いて心が苦しくなってしまうけれど、その中にも祝い事はあって、或る会に、華やかさのある銀杏の小紋を着て出かけた。
 四十年ほど前、祖母が、当時三十代だった母、そしてゆくゆくは私も着るようにと染めてくれたもので、二人で合計すれば三十回近くは着ているだろうか。大好きな一枚だった。

 けれど、数年ほど前から、着ていて何だか落ち着かなくなっていた。どこがどうと言われると説明出来ないけれど、何とはなしに、顔と生地とが互いに離れて行くような感覚がある。まるで愛し合っているのに倦み始めた恋人同士のように。
 つまりは私が年を取って、顔つきや肌がもうこのきものを受けとめられくなっているのだけれど、あまりにも、このきものの模様つけ方や染めの調子が好きだったから、毎年一度ほどは未練がましく着ていた。そんな着物だった。

 けれど、もう潮時だ。今回で最後にしようと思った。
 そしてそう思って袖を通すと万感の思いがこみ上げて来た。
 もちろん、やさしい知人たちは「まだまだ全然おかしくないですよ」と言ってくれる。また、「幾つになったって、好きなものを着ればいいんです」とも。
 もちろんその通りで、〇歳になったら地味な色を着なければいけなどという法律がある訳ではないし、誰かに迷惑をかける訳でもない。
 また、確かに世の中にはいくつになっても若々しい色や模様のきものを着ていてちっともおかしくない方もいるし、もしかしたら私のこのきものも、もうあと一、二年なら、何とかそう珍奇な見映えにならずに着ていられるかも知れない。
 けれど、一方で、老いた肌に可憐な色のきものを着て、視界に入った瞬間にぎょっとするようなおばさまが存在する。おしゃれとはバランスだ、と私は考えていて、こうなってしまえばおしゃれとは程遠いことは私にとってははっきりしている。そして自分がそういう状態に陥ることに耐えられない。何より自分自身が、もうこの小紋を着ていると落ち着かなくて落ち着かなくてそわそわしてしまうのだ。こんなに愛しているのに。悲しいけれど。

          *

 だから、恥ずかしながら今日のブログに掲げた写真は、この着物との別れの記念だ。そう思いながら着られたことは、やはり良いことだった、と、今は思っている。
 人生には、たくさんの不意の別れがある。いつでも会えると思っていたのに、明日会えると思っていたのに、それどころか朝家を出て夜にはまたいつもと変わらず会えると思っていたのに、会えなくなってしまうこともある。それに比べれば、さよならと言いながら別れられることは得難い幸せなのかも知れない、と。

 家に帰り、二日ほど陰干しをして風を入れ、たとうへとしまいながら、このきものを通してたくさんの楽しい時間を贈ってくれた祖母に心から感謝した。糸をほどき帯に仕立て変えれば、またこの布と一緒にいられるかも知れない。けれどきものでいる今の姿を、壊したくない、とも思う。
別れてもまだ一枚のきものに心を迷わされている。

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婦人画報「みんなのきもの」特集にて、寺島しのぶさん、眞秀くん、尾上右近さんを取材しました。 2019/10/06



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発売中の「婦人画報」11月号「みんなのきもの」特集にて、寺島しのぶさん、尾上右近さん、そして寺島眞秀くん(しのぶさんのご子息で、小さな歌舞伎役者!)を取材しました。

「みんなのきもの」特集は、2019年の今、現在、きものを愛し、着用している人たちがどんな風にきものと関わり、その体験を楽しんでいるか、に焦点を当てた特集です。
私が取材した寺島しのぶさん、尾上右近さんは、同じ音羽屋のはとこ同士。もちろん、梨園の内側にいる方として、きものを晴れの場でも日常の場でも、謂わば“着倒して”いらっしゃいます。
今回はそんなお二人、そして次代を担う真秀くんにもオール私物でご登場頂き、着こなしのポイントや役者の家のきものの美意識について語って頂きました。

しのぶさん、右近さん、お二人とも本当に気さくで、眞秀くんは既に大物の風格ただよっていて。何とも楽しい取材になりました。歌舞伎座ロケ敢行!ぜひご覧ください。

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東大病院にて 2019/09/26



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今日は朝7:30出発でチャーターした介護タクシーに乗り、3ヶ月に一度の母の東大病院脳外科での診察に付き添っています。
認知症持ちで、起き抜けは特にポンコツ度が増す母を着替えさせ、無理やり少し食べさせて薬を飲ませ、トイレに行かせ、保険証、診察券、水、そして万が一のために替えのオムツも忘れずバッグに入れて…と、まあ、幼児との外出と同様です。
今は無事到着して、母はMRI中。私は廊下で待機しています。
とにかく巨大な東大病院には、謎の部屋がいっぱい。「体外衝撃波破砕室」って???身体中の細胞が木っ端みじんになるイメージですが、大丈夫なのか…?

「婦人画報」にて左官の名工・久住有生さんを、「クロワッサン・着物の時間」にてお江戸ル・堀口茉純さんを取材しました。 2019/09/05



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今年の夏はとにかく忙しく、常に複数の取材・原稿執筆が重なり合って進行していました。題材も、能舞台建設、きもの、左官の壁、日本舞踊のきもの、阿国かぶき、祭りとは何か?、幼児教育、そしてまたきもの‥と、もう多種多様。クライアント様のご事情によりご紹介出来ないお仕事もあるのですが、表に出せるものの中から、今日は二篇をご紹介します。
       *
一つは、発売中の「婦人画報」10月号、「名家建築に泊まる」特集にて。現代の名工の一人に数えられる左官の旗手、久住有生さんを取材しました。(写真上左&右)
ホテルや旅館のロビー、或いはレストラン、公共施設など、一歩空間に足を踏み入れた時に「どうしてか分からないけれど、何だか気分がいい」と感じる空間と、その逆に「何だか居心地が悪い」と思う空間。その差を分けるのが、実は壁という要素であることが多いようなのです。
建築と言うとどうしても設計ばかりに目が向きがちですが、最も大きな面積を占めるのは、壁。その壁の良し悪し、良い壁とは何か?という根本的な問いに答えて頂きました。
       *
もう一つのお仕事は、「クロワッサン」での連載、「着物の時間」。
今月は、平易で楽しい言葉で江戸時代の豊かな文化を紹介してくれる“お江戸ル”堀口茉純さんの着物個人史を取材しました。(写真下左&右)
堀口さんのことは、2年前に別の雑誌でも取材したことがあるのですが、根っから明るく、そしておたく/博士気質で、話しているととても楽しい方なのです。
江戸愛・新撰組愛・徳川家茂愛ではつとに知られる堀口さんが、着物とはどう関わって来たのか。じっくりとお話を伺いましたので、ぜひご高覧下さい。
この後も続々と掲載が続きますので、またお知らせ致します。

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香港を断固として支持する 2019/08/22



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今年の夏を憂鬱な気持ちで過ごしている。香港で反政府抗議活動が始まってから2カ月以上が経ち、その波はいっこうに収まる気配がないから。
開始から3週目、林鄭長官が今回の争点となっている法律を「事実上撤回する」と宣言した時、デモは終わるのではないかと期待していた。もしも抗議活動の主体が酸いも甘いも噛分けた中年の市民だったら、本来、中華民族は商売上手の交渉の民であるから、ここを互いの譲歩の一点と見きわめ、矛を収めていたかも知れない、と思う。
けれどそうはならなかった。今回の運動の主体は学生であり、若さは譲歩や交渉を知らない。彼らは香港の政治的自由が完全に保証されるまで、引かないことを決断した。この先一体どこまで対立が長引くのか、もう誰にも分からない。
    *
学生たち、そして彼らを支える香港市民が戦っているのは香港政府だが、その背後に中国共産党がいることは、全世界の人々が知っている。
その中国共産党は、武装警察部隊を香港に間近い街に集結させ、大規模な演習を行い、喉元に銃を突きつけるようにして威嚇を繰り返している。しかし、1989年の天安門事件のように市民に向けて発砲すれば、世界中の非難を浴びて貿易の制裁が行われ、経済に大打撃を食らうことは明らかであり、武力行使の可能性はきわめて低いのではないか、と私は考えている。
すべての中国国民が、腹の底から中国共産党が素晴らしいと思っている訳ではない。何とか今の状態まで国力を、経済を押し上げたから支持しているのであり、皮肉な話だが、“共産主義”の看板を掲げながら、今や経済が共産党のレーゾン・デートル(存在理由)となっている。ここを悪化させれば党の足元が大きく揺らぐことは、私などが書くまでもなく、彼ら自身が一番よく分かっているだろう。

とは言え、香港の要求を呑むことは、譲歩の前例になる。共産党が何より恐れる事態、中国本土で・中国国民が、「デモを強行すれば政府は言うことを聞く」と判断し、活気づき、政治運動の活発化につながっていく可能性は高い。
また、常に激しい政治闘争が行われている共産党中枢では、対立する側に「習主席は弱腰だ」と非難する絶好の札を与えることにもなるだろう。要求を呑むことなど到底出来るはずがない。

だから、共産党中枢にとっては、香港を弾圧することも、香港の要求を聞くことも、どちらも不可能の道。進退維谷、進退窮まっていると言っていいだろう。
このような事態に陥った時、私が習近平主席だったらどうするだろうか?――と考える。当然、持久戦に持ち込もうと考えるのではないだろうか。デモの長期化が香港経済を悪化させ、暮らしを不自由にするのは明らかであり、今は固く結ばれた市民の結束が、内部から崩れていくのを待つ。進むことも引くことも最悪の悪手なのだから、進まず引かず戦うしかない、そう考えるのではないだろうか。
    *
だから、戦いは、持久力の力比べになるだろうし、今現在、既にそうなりつつある。その中で、日本人として強く憂うことは、この国の論壇に香港市民を非難する人々が出始めていることだ。
もちろん、彼らも、日本という自由主義の側にいる人間として、今回の反政府運動の主張自体を非難することはしない。その代わりに彼らが非難するのは、長年にわたり香港市民が中国本土の人々を嫌い、蔑視して来たという事実だ。その事実を材料にして、香港を貶め、日本人の香港支持の空気を転換させようとしている。私にはそう見える。この動きに気をつけてほしい。
確かに、私が中華文化に初めて興味を持った1995年以来、度々香港市民の“中国本土嫌い”“中国本土蔑視”の場面を目にして来た。たとえば返還前、何度も、
「私は中国人ではない。イギリス人だ」
と若い世代が言うのを聞いたし、彼らは、「返還などまったくめでたくない」「中国に復帰したくない」と公言していた。
何て悲しいことだろう、とその時、同じアジア人としてため息をついた。“英国紳士”などとシルクハットのジェントルマンづらをしながらその裏で中国人をシャブ漬けにして莫大な国家利益を上げ、当然のことながらそれに怒って立ち上がった中国人を武力で押さえつけ(=阿片戦争)、まんまと香港を植民地としてせしめた。これ以上ないほどに卑劣だった当時の偽紳士、イギリス。それでも香港の人は、「私はイギリス人だ」と言う方を択ぶ。こんな悲しいことがあるだろうか?
彼らは当時から、香港に流入して来る中国本土の人々を毛嫌いしていた。きったない服を着て粗野でマナーがなってなく、英語も出来ない。底辺の労働者として使い、蔑視していた。
しかし、その後、10年ほどをかけて中国が経済力をつけて来ると、やがてその中国富裕層が香港の不動産を買いあさり、観光に訪れ、香港経済は中国経済に依存するようになった。その変化を、今や形式上は中国国民となった香港市民は苦々しい思いで眺めることになったのだ。
「中華趣味と英国趣味が入り混じった素敵な店、素敵な街角が、中国資本に買い占められ、無味乾燥なビルに変っていく。そしてどうでもいい土産物屋やチェーン店が入る。僕にはもう、香港で、真矢を連れて行きたい場所がない」
そう、香港の友だちが悲し気に言い、私には返す答えが見つけられなかった。
    *
一方、私には、香港で暮らす中国本土出身の友人がいる。仮にLとしよう。富裕層の出身で非常にファッションセンスが良く、現代美術を愛してもいる。英語に堪能でもちろんマナーもわきまえ、香港人と見分けがつかない。けれど、Lは、香港社会に入って行けない、と或る時私に打ち明けた。自分が中国出身だと分かると、香港人は門を閉じるようによそよそしくなり、決して心を開かない。友だちも出来ない、と。
私は香港にアート関係者の友人が多く、Lに紹介したいと思っていた。どちらの側も私の大切な、大好きな、素敵な友人だから。けれど、「真矢の紹介だと言って訪ねてみたら?」と連絡先を教えても、Lは、決して彼らと接触しようとはしなかった。受け入れてもらえないとあきらめていたのだろうな、と今になれば分かる。

今、日本の論壇の一部の人々が非難の材料にしているのは、香港市民のこれまでのこのような行いの数々だ。もちろん、それは褒められたことではないだろう。けれどそこには七十年の歴史の積み重ねがあることを考慮しなければならない。
例えば、私の或る香港人の友人の両親は、中国本土から命からがら、泳いで香港に渡って来た。その親、つまり私の友人の祖父はいわゆる“地主階級”で、文化大革命が始まると激しい迫害の対象になり、最後には紅衛兵に撲殺されて亡くなった。何とか息子夫婦だけは生き延びてほしいと、最小限の荷物を布にくるんで持たせ、彼らはそれを頭に結び、泳いで、香港に渡ったのだ。今の香港の四十代、三十代、二十代はその子や孫の世代なのだ。
もちろん、文化大革命以前から香港に住んでいた人々もいた。その人々は、そうやって中国本土から石もて追われた人々を受け容れて、共存して来た人々だ。今の香港の四十代、三十代、二十代はその子や孫の世代なのだ。
この事実をかっこに入れて、香港に根強くする“中国本土嫌い”を考えることは出来ない。負の感情には必ずその根があることを忘れてはいけない。ましてや、日本という安全地帯にいる人間が、ここぞとばかりにかたき打ちに加担するようにその負の記憶を材料に使い、今、この時、香港の人々が、「自由」という、人間の最も根源的で、最も貴重な権利を追求している、その運動に歯止めをかけることなどあってはならない。香港の自由が結局は、中国の人々の自由につながるということを、どうして忘れてしまうのか?
もちろんほとんどの日本人は、香港の運動に理解と共感を持っている。そう実感しているが、一部に出始めたこのような論調を強く憂う。断固として反対する。
     *
そして、香港の人々に伝えたい。根競べのこの戦いで、決して短気を起こさないでほしい。暴力に訴えないでほしい。ガンジーの非抵抗の戦略が結局は勝利を収めたことを、常に心に留めてほしい。
暴力行為、たとえば中国本土から来港したビジネスマンや取材記者に暴行を働くようなことがあれば、世界は香港を擁護しにくくなる。中国共産党はこれから様々な手を装って挑発して来ることが予想出来るが、その挑発にも決して乗らないでほしい。もちろんこのようなことは、百も承知だとは思うけれど。
     *
香港にも中国本土にも大好きな友人がいる私には、現在のこのような事態は心が引き裂かれるようで、たまらなくつらく、悲しい。それでも、もうこうなったら仕方がない。私は香港を支持する。けれど、だからと言って、中国本土在住、中国本土出身の友人たちへの友情は、これまでと何一つ変わらない。
イニシャルZW、FH、WC、SD、LK、ZY、QS、CG、HDの友人たちへ、今も、これからも、みんなのことがとても好きです。みんなと過ごした楽しい時間は決して色褪せないし、次に世界のどこで会っても、笑って話そう。アートや音楽や映画、文学の話をしよう。美味しいご飯を一緒に食べよう。
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日本の人々にも伝えたい。多少とも香港、そして中国と関わりを持っている人間として。
今後香港の事態がどのように推移するとしても、中国国家ではなく、まず、目の前にいる一人一人の中国人を見てほしい。もちろん多くの日本人が常識で理解しているように、中国には善良な人も、聡明な人も山ほど存在する。けれど、彼らの属する社会は、私たちの社会とはまったく仕組みが違うことを考慮してほしい。表立って中国政府の公式見解に反する発言をすることは出来ないことを、理解する必要がある。
もちろん、これまでの愛国主義教育により、政府の公式見解を内面化している人々もいる。その人たちに対しては、根気強く、世界が中国共産党をどう見ているかを伝えていこう。攻撃的にではなく、冷静に、理論的に。彼らの中に長い時間をかけて内面化されたものが、たった一日、一カ月、一年で覆らないのは当然のことだ。私たちも時間をかけて、ゆっくりと、彼らに語りかけていく。彼らが道を歩いている時に、花屋の店先で薔薇の花を選ぶ時に、旅先で船に乗り水の流れを眺めている時に、私たちが伝えようとしていたことがふと頭に上る、そういう風に話しかけていこう。
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香港のアーティストの友人が、ある時、自嘲するように言っていたことを思い出す。
「香港でアートを択ぶことは、本当に孤独な道のりだ。香港人は、金、金、金。アートになんか興味を持たない。それでも、自分たちは作り続ける」
確かに香港人は、いつも商売第一の金の亡者だった。でも、それも当然ではないか。彼らは中国で棒で殴られ逃げ出して来たのだ。その棒がまたいつこちらを向いて来るか分からない。最後に頼れるのは自分の金なのだから、金を貯め込むことにこだわるのは当然だ。その彼らが、今、金儲けを棄てて、戦っている。どれほど今回の法令が彼らにとって生命線であるかが、分かる。

香港市民を支持する。
戦い続けるならその戦いを支持する。妥協の戦略を選ぶなら、その選択を支持する。香港市民の決定を尊重し、支持していく。
香港を断固として支持する。

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