MAYA from West End

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*日記は日本語のみで、翻訳はありませんが、時々全文中国語の日記も書きます。
*日記の写真はデジタルカメラと携帯のカメラで撮影したものであり、作品写真ほどのクオリティはないことをご理解下さい。「本気で写真撮る!」と思わないと良い写真が撮れない性質なのです。

*這本日記基本上用日文寫、沒有中文和英文翻譯。可是不定期以中文來寫日記。請隨性來訪。
*日記的相片都用數碼相機或手機相機來攝影的、所拍的相質稍有出入、請諒解。我一直覺得不是認真的心態絕對拍不出好的東西。
© 2011 Maya Nishihata
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マスクと人情、そして国家 2020/05/25



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ようやく首都圏の緊急事態宣言も解除されようとする今、この、誰も経験したことのなかった混乱と緊張の日々をともにして来たマスクを、一堂に並べてみている。
実は、この写真に写っているマスクは、すべて、友人から頂いたものだ。
3月上旬、全国でコロナウイルスの市中感染が加速化していた頃、ブログを書いた。我が家には、肺と脳に重度基礎疾患を持つ母がいて、感染させたらほぼ確実に死を免れない。だから、このコロナウイルス禍の中、私は最も厳しい条件を生きることになってしまった。その苦しい状況に同情を寄せてくれた日本のあちこちの町の友人、そして海外の友人が、次々とマスクを送って来てくれたのだった。

この中には、洋裁のプロの友人から頂いたマスクもある。現在、仕事としてマスク製作も請け負い大変多忙にもかかわらず、私には無料、「送りつけます!」と冗談めかして送って来てくれた。
それから、手先が器用な友人が、ちゃちゃっと手ぬぐいを縫って作ってくれたマスクもある。ちゃちゃっとと言っても裏側はガーゼになっている、素晴らしく快適なものだ。
また、写真の手前1枚目と2枚目のマスクは、広島の和裁工房「シルフィールド」の岡上誠さんから頂いた。おしゃれな上に、銀イオン抗菌という最先端の抗菌生地を使ったもので、市販されているものだ。その「試作段階のサンプル品だから、お金は取れないよ」と、断固として代金を受け取ってくださらなかった。
(シルフィードのマスクを購入されたい方は下記URLから)
https://www.akin-do.com/shop/products/list.php?category_id=2

       *
それから、ここには写っていないマスクもある。
香港の二人の友人から、「マスクを2,3箱送りたいから、真矢の住所教えて」とメールが来た。二人とも、日本語はそれほど出来ない。それでもふだんから近況をメールし合っているし、ブログの漢字を拾い読みして状況を察し、送ろうと思い立ってくれたようだった。

この二人からの申し出は、気持ちだけ、心からありがたく受け取って辞退した。
昨年来、香港の政治状況は大変厳しく、抗議活動を続ける市民に対して、香港政府が「覆面禁止令」を出したことを記憶している方も多いと思う。その数か月後、コロナウイルスが発生して、一転、香港政府は厳しく「マスク着用」を義務づけるという皮肉な成り行きになっているが、けれど、いつまた「覆面禁止令」が復活するとも限らない、とも思う。その時に、不織布マスクだけは、まだ1、2年は終息しないだろうこのコロナウイルスの感染予防の観点から、政府は禁止することは出来ないはずだ。
だから、不織布マスクは、友人たちが抗議デモに参加する際に身元を隠すための、命綱になるかも知れない。そう思うと、とてももらうことは出来ないと思った。どうか大切に、万が一の時のために家に保管しておいてほしい。私には、遠く離れた土地から私のことを思ってくれた、その友情だけで十分だった。

       *

最後に、手前から3枚目のマスクは、日本人の友人から届いた。
これは手作りの布マスクではなく不織布マスクで、真新しい60枚入りの一箱が送られて来た中の一枚だ。街中どこにもマスクがなく、毎朝、薬局の前に行列が出来、時には小競り合いさえ起こっていた頃のことだ。箱を開けるとぎっしり60枚、白いマスクが詰まっていて、夢かとさえ思った。
「地方に住む母が私にと送ってくれたものだけど、その母の許可も得て、大変な思いをしている西端さんに送ります」
そんな内容のメッセージが添えられていた。「人は本来、分かち合って生きるものだと思うから」ということも書かれていた。

‥‥これらの一枚一枚のマスクを受け取った日のことを思い返すと、今でも涙がこぼれそうになる。そして、ともすれば力尽きそうにもなった厳しい毎日を、再びしゃんと背筋を伸ばして暮らしていく気力を、彼らの友情が支えてくれことを思い出す。いつか、このコロナウイルスが終息した後も、このマスクたちは私の一生の宝物になるだろう。
       *
そして、ひるがえって、この国の政府のことを考える。
実は、一箱頂いた不織布マスク60枚の半分は、訪問介護ステーションに寄付することになった。このコロナ禍でも、いつもと変わらず母の定期診療に来てくれていた訪問介護ステーションの看護師さんに、或る日、マスクの調達はどうしていますか?と訊ねると、もうストックを使い果たして、国からの支給もまったくないとため息まじりに話してくれた内容に驚愕した。
「毎朝、私も含め、看護師、リハビリ療法士、事務職員、交代で薬局に並び、今日は3袋買えた!とか喜び合ってるんです」
その話を聞いて、これはもう絶対に寄付しなければいけない、と思った。世界でも最も高齢化が進んだこの国で、プロフェッショナルの助けなしには、我が家のような介護者家族の生活は成り立たない。だから、介護従事者は、日本社会を支える絶対に必要不可欠な大切な人材だ。

その彼らに、国から、一枚のマスクも届いていない!
このコロナ状況下、彼らは、一軒一軒、「自分の見ている高齢者さんに感染させないように」と神経をすり減らしながら担当の家を回り、リハビリや看護を行っている。それなのに、あろうことか、寒空の下、一般の人に混じって薬局に並ぶという新たな重荷を背負わされていた。先進国であるはずの日本で、こんなことが起こっていいのだろうか?
30枚の新品のマスクを渡すと、看護師さんは涙ぐんでいて、私も胸がいっぱいになってしまった。でも、ここは泣くところじゃない。怒るところなんだ、と、ぐっと唇をかみしめた。心の底から日本政府に対して怒りがこみ上げて来た。

       *

もちろん、今回の事態は、どこの国も経験したことのない未知の災厄だ。政府も、市民も、マニュアルのない新しいサバイバルゲームの中に突然放り込まれ、でも、だからこそ、個人であっても、政府であっても、その真価が浮き彫りにされたと思う。
あまりにも多くのことが起こったから、もう記憶が薄れかけてさえいるけれど、思い出してみれば、流行の初期、国民一人一人が肌感覚で「もうお願いだから、今は中国の人を入国させないでほしい」と、街を闊歩する中国人観光客に恐怖を感じていた。それなのにこの国の政府はずるずると、「もう本当にここまで来たら危ない」という瀬戸際まで、彼らを入国させ続けた。
家賃が払えなくなるかも知れない、従業員の給料を出せないかも知れない、そういう不安を抱える人が出始めていたにもかかわらず、国会議員の間では「和牛お肉券を配る」という、冗談としか思えない“救済案”が議論されていたことも思い出す。来月の資金繰り、数週間後の資金繰りに焦っている人々に、複雑極まりない手続きをしなければ支給されない給付金制度を始めようともしていた。
そして極めつきがあのアベノマスクだ。

私は、布マスクの配布自体は、100パーセント悪いアイディアだったとは思わない。
たとえば、今、無印良品が販売しているようなシンプルビューティーなマスク、或いは小池都知事のマスクのような、ちょっとしゃれた布を使ったマスクだったら、多くの国民が積極的に使ってみたいと思ったのではないだろうか。
日本は、昨日戦争に負けて、瓦礫と闇市の中から立ち上がろうとしているド貧乏な1945年の日本ではない。或いは、政府支給の物品を黙々と受け取る往年の共産主義国でもない。高度成長とバブル経済を経て、世界でも相当レベルのファッション大国、デザイン大国として、今、2020年のこの日本は存在している。その国民に、半世紀以上時間をさかのぼったような超絶古くさいデザインの、しかも何故か現在の平均的マスクサイズからは異様に小ぶりのマスクを送りつける。「ださ過ぎてつけたくない」「何かの悪い冗談?」「こんなものをつけたら笑い者になる」と国民が思うのは当然だ。(ちなみに私は家の中で母と接する時にだけ使っている。とても外につけて出て行く勇気はない)
       * 
一体どうしてこれほどのずれまくった顛末になったのか?
工場に発注に出す時に、必ず仕様書があったはずだし、おそらくサンプルも作っただろう。誰もチェックしなかったのだろうか?国家事業でそんなことはあり得ないだろう。
その段階で、別に有名デザイナーではなくても良かったから(もちろん有名デザイナーが超クールデザインのマスクを打ち出し、世界から「日本すげー!」と思われる展開だったらもっと良かった)、どこかのアパレルメーカーか、或いはふだんからマスクを販売している花王のような会社の内部デザイナーに依頼していたら、こんなばかばかしいデザインは絶対に出て来なかったはずだ。おそらく最初に挙げた無印のマスクに近い、シンプルで、機能的なデザインが上がって来たことだろう。

私は、このマスクの一事に、今の日本政府のすべてが象徴されているように思う。
「国民はマスクで困っている。だからとにかくマスクを与えておけばいい」
という、形式主義。けれど、先進国の生活は、その「マスク」なら「マスク」という一つの事物に美や情緒が投影され、それを享受することを標準としている。良い悪いの価値判断はさておき、それが先進国の「豊かさ」、形式の内側にある内実というものだろう。
その豊かさをまるまるはぎとったものを平気で送りつけて来るということは、政府は、国民の標準の感覚、つまりは生活の内実に全く思いを寄せられていない。そう結論するしかない。
「はいはい、マスクがほしいんでしょ。だから、はい、マスク。これでいいでしょ」という、「やった」という実績だけ残せばいいという姿勢。まさに形式主義の極みだ。或いは、「和牛券を提案すれば、肉業界の票がもらえる」という、これも、実に短絡的で、国民全体の苦しみという内実に目が届かない、選挙病の形式主義と言えるだろう。

もちろん、政府は、ともかくここまでは、感染の大爆発を抑えることには成功した。この点は高く評価すべきだと思う。生命と医療システムを守るという生活の最も基礎のライン=形式の維持には成功したのだ。
しかし、生活には内実があり、それは経済であり、日々の無数の小さな営みの数々であり、そこに寄り添った政策をどれだけ打ち出せて来たか、という点では低評価にならざるを得ない。感染爆発防止に成功したにもかかわらず、各種調査で政府への評価が非常に低いという世界でも珍しい現象は、だからこそ起こっているのだと思う。
     *
ただ、今回、良かったことは、この政府の激しくずれた形式主義に、その都度、主にSNSを中心として、大きな怒りの声が上がったことだと思う。そしてそのうねりが間を置かず政策を動かすという、新しい流れも生まれて来た。
これまで、私たちは、選挙という非常に時差のある手段でしか政策評価行動を取れなかったけれど、SNSの生活インフラ化により、知らぬ間に、リアルタイムでの評価行動が取れるようになっていた――本当はずっと以前から起こっていたこの大きな変革を、新型コロナウイルスを生き抜こうとする苦しい過程で、多くの人がはっきりと意識するようになった。それが、この冬から春にかけて私たちが経験したくさんの変化のうちでも、最も大きな変化の一つなのかも知れない、ということを、マスクを眺めながら思ってみたりしている。

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クロワッサン「着物の時間」にて、榊原郁恵さんの着物物語を取材しました 2020/05/20



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緊急事態宣言前に取材した、マガジンハウス「クロワッサン」での連載「着物の時間」のご紹介です。
今号は、榊原郁恵さんがご登場。
トレードマークのぱっと明るい笑顔や、お料理番組の司会をされていたこともあってエプロン姿がパッと目に浮かんで来る郁恵さんですが、実は大の着物好きでいらっしゃいます。
お若い頃、清水の舞台から飛び降りて購入されたという、人間国宝・羽田登喜男さんの訪問着でご登場。こちらは、羽田さんの遺作だそうで、本物を見られて眼福でした♪また、結婚式で誂えられた振袖もお持ちくださり、別カットでご紹介しています。ぜひ誌面でご覧ください。

若くしてデビューされ、時はアイドル全盛時代、おそらく分刻みのスケジュールだったことでしょう。そのハードなお仕事をこなされた対価の収入で、一枚一枚買われたお着物。お話を伺っているとぐっと来るものがありました。
当時のアイドルは、どんなに疲れていても笑顔を絶やさなかったよね‥と思い出し、そして、「ピーターパン」の舞台は私たち小学生の憧れで、私もねだってねだって連れて行ってもらった時は本当に嬉しかった。
その小学生の夢を今も壊さない、現場でも太陽のように明るく、私たちスタッフに気配りをされる郁恵さんは本当に素敵な女性でした。ぜひご高覧下さい。
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今号の「クロワッサン」は、このコロナニューノーマル生活にふさわしい、野菜料理と肩こり腰痛撃退エクササイズの特集。こちらもぜひお役立ていただければと思います。

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stay home 新誂えの江戸小紋で、インターネット茶会に参加の巻(コーディネイト付き) 2020/05/15



東京ではまだ緊急事態宣言が続いています。そんな中、先週末は、“インターネット茶会”という新しい試みに興味を感じ、参加してみることにしました。
洋服での参加でもまったく構わなかったのですが、仕立て上がりほやほや、廣瀬雄一さんのところで新しく誂えた江戸小紋があるのですから、この日をお披露目と決めました。
今日のブログではその茶会の様子ときものの詳細、そしてコーディネイトをご紹介します。
      *
まずは茶会について。
コロナウイルス蔓延で、生活の様々なことが変化を余儀なくされて来たこの数か月。
お茶の世界でも、各お家元が、今はお稽古を休んで自服の時を過ごすようにと通達を出したり、流行が収まるまでは濃茶の回し飲みはしないようにとの呼びかけもあるようです。
そんな中、表千家の若き宗匠、岡田宗凱さんは、ふだんから行っている茶の湯ワークショップ「世界茶会」のzoom開催を始められました。
どんなことでも、先陣を切って行うのは、勇気も困難も、後から行く人より数倍多いもの。その心意気に感じたことと、単純に、インターネットでどんな風に茶会が出来るのだろう?という興味から参加しました。

当日は、東京、長野、淡路島、姫路など九カ所の皆さんのご自宅とつながり、リモートワークでおなじみのあの小さな枠の中に皆さんの顔が映ります。
たまたまでしょうか、今回、全員きものでの参加。和室の方もいらっしゃれば、洋室の方、また、テーブルでお茶を点てている方もいらっしゃるようでした。
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私は、折角家に和室があるのだから、と風炉を置いて、和室から参加。その様子が上の写真です。
この部屋は、茶室ではなく、奈良に住んでいた父方の祖父が度々仕事で上京するため、滞在時用に作った書斎。新型コロナの感染者数が日に日に増え、これは日本も非常事態宣言が避けられない‥と見えて来た時、真っ先に思ったのが、「風炉を買おう」ということでした。家での時間が増えるのなら、ちゃんとお茶を点てて呑む時間も出来るはず。恥ずかしながら、これまで自宅で点前を確認する時は、電気プレートにちょっとおしゃれなデザインのホーロー鍋を置いて代用していたのですが、この機に風炉を手に入れようと思ったのです。
と言っても、コロナのため、連載も一時休載を余儀なくされている緊急財政下、つつましく、中古品を探そうと毎日ヤフオクとにらめっこ。運良く、ほとんど、いや、一回も使われていないのでは?という風炉と釜の一式を購入出来ました。
水指と茶碗は、この部屋を使っていた祖父と交流のあった、奈良の赤膚焼きの松田正柏によるもの。風炉先屏風は、友人のおばあ様の遺品を頂いたものです。
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さて、茶会は、席主である岡田先生より、五月の茶事の位置づけなどについてミニレクチャーがあった後、先生のお点前。ここでは先生が大写しになります。そして事前に送って頂いていたお干菓子を頂き、各自がお茶を点て、一緒に頂く‥という風に進みました。テーブルでされている方もいらっしゃるので、お茶を点てるその手順は、正式でなくても構いません。要はお湯とお茶と茶筅があれば良い訳です。私も、茶筅すすぎは茶会開始前にしておいて、いざお湯を組む時も水指の蓋は閉じたまま、略式で点てて頂きました。形式より、皆さんと同じスピードで進めたかったのです。
このような形で、全体で一時間ほど。お茶をいただく際には、上のように画面にご相伴の皆さんの顔が映し出され、同時に頂くことが出来ます。

全体を振り返ると、まず、一方的に席主が話すのではなく、お茶をいただいた後は双方向の会話の時間も作られていて、人と交流している、という感覚があるのは、家族以外の人と話す機会がほとんどない今、非常に大きな気分転換になりました。
また、実際の茶会では、席に座るとすぐお運びの方がお菓子をお持ちになり、それをきちんと受け取らなければ、そそうのないよう隣りの人に回さなければ、もたもたしないように食べなければ‥などなどやることが多く、案外ご亭主のお点前をしっかり見ることが出来ないことが多いと思うのですが(私だけ?)、インターネット茶会ではじっくりとお点前を拝見出来るのは、一つの利点だなと思いました。
‥そんなこんなであっと言う間の一時間。皆様もこうしたインターネット茶会に参加したり、親しい人同士で茶会を開くのも楽しいかも知れませんよ!

  *

ここからは、新しい江戸小紋の詳細を。
ブログでもご紹介していた通り、昨年末に廣瀬さんの工房に伺い、あれこれ型紙を見せて頂いた中から「斜め格子」の一枚を択びました。江戸小紋の典型である極小柄ではなく、中形に当たるほどの大きさになります。
今回の誂えの目的は、手持ちの様々な帯の“最高の舞台”となる一枚を作ること。模様も色も、あまりにかわい過ぎたり個性が強過ぎることなく、でも、人とは少し違うものにしたい。
また、ちょっとした食事会や目上の人に会う際にも着ていけるレベルの“きちんとさ”はほしい。
そんな要望を廣瀬さんにお話しし、淡いベージュに染めて頂きました。寄って撮ったのがこちらの写真です↓
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手持ちの帯をあれこれ合わせてみると、狙い通り、青系、グリーン系、臙脂系、黄色系、黒系、白系、すべての色系統、また、模様も、はんなり系もキリリ系もどちらも受けとめてくれます。
廣瀬さんが択んでくれた、変わりうろこ文様の八掛もかわいらしく。
この春は自宅デビューとなりましたが、次の袷のシーズン、秋から大活躍してくれそうです。
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そして、この日のコーディネイトが上の写真です↑
「渡文」のしゃれ袋帯を合わせてみました。本当に茶会に出かけて行く場合にはカジュアル過ぎる帯ですが、自宅からのインターネット茶会なので、その日の気分に合った帯で良いかと。
まるで染めたかのように、織りで繊細に花鳥の文様を織り出しているところが気に入っています。帯揚げは、こちらも非常に気に入っていてヘビーローテーションの、「ゑり正」の麻の葉絞りの一枚を。帯の模様より一段明るい冠組の帯締めを全体を引き締めて。
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↑お茶会終了後、一人でもう一服していると、猫のチャミが覗きに来ました。
この子は、これまでも稽古をしているといつもやって来て…建水や水指の水を、飲みます笑
点前が始まったばかりでまだ建水が空の時は、「お水が‥?ないのですが‥?」と見上げて来たり。今日は外にのらちゃんが来ていたので、お茶より庭が気になっています。

東京ではまだもう少し緊急事態宣言が続きます。
解除後も、これまでとまったく同じ生活が戻って来る訳ではないし、第二波、第三波が来る可能性も少なくはないと思っています。その中でも、お茶やきものを楽しむ時間を大切にしたい。改めて、どちらも自分にとって本当にかけがえのないものなのだということを、このstay home生活で感じています。

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お宝写真 2020/04/20



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コロナ巣ごもり生活の中、私は仕事の原稿書きで猛烈に忙しく(でもこの後は暇になると思う…)、資料を探していたら、こんな写真を発見。
推定七、八カ月頃の、私。
やりたくもないぶら下がりジャンプ器に吊り下げられた、無力感。
運動嫌いはこの頃からだったのか‥
母よ、父よ、こんな冴えない赤子を棄てずに育ててくれてありがとう…
くさくさしがちな毎日、笑って頂けましたら幸いです。

延期決定・東博「きもの」展を応援しよう!企画総責任者・小山弓弦葉さんを取材しました 2020/04/03



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本当は、意気揚々のご報告になるはずだったのですが‥
「クロワッサン」での連載「着物の時間」にて、東京国立博物館工芸室長の小山弓弦葉さんを取材しました。
本当なら、来来週の14日から、華々しく始まる予定だった東博の「きもの KIMONO」展。
東博にとって47年ぶり、京博の「花の洛のモード」展からも21年。満を満を満を持しての一大着物展は、新型コロナウイルス感染防止の観点から、本日、延期が発表されました。

開催予定は、未定。でも、中止ではありません。
鎌倉時代から現代まで、日本人がどのような布を美しいと思い、身にまとって来たのか、日本中に散らばる名品が東博に大集合し、一気に通観出来る展覧会が、今年でも、来年でも、必ず開催出来るよう、全国の着物好き、染織好き、日本史、日本文化好きの皆さん、盛り立てていきましょう!
      *
今回の取材では、この大展覧会の陣頭指揮を執る研究員の小山弓弦葉さんに、ご自身の着物個人史をうかがっています。
研究はするけれど、自分自身は着物は着ない、という染織史研究者がほとんどの中、小山さんは「着物が大好き!」という稀有な方。そうじゃなくっちゃ!ですよね。
ご自身の着物愛と、「本当の辻が花」とはどのような布か?というご研究テーマ(私たちが「辻が花」と呼んでいる布は、桃山時代にはそう呼ばれていなかった。別の「本当の辻が花」があるのです!)、そして、今回の展覧会の内容がからみ合った記事になっています。
お家で過ごす時間が増えている今、書店で、ウェブ版で、ぜひご購入いただき、ご高覧頂けたら幸いです。

最後にもう一度。
新型コロナウイルス終息後、「きもの KIMONO」展が必ず開催されますよう!小山さん、東博の皆さん、頑張ってください。全国の着物ファンが待っています!!!

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感染=死。肺の重度基礎疾患持ちを家族に抱えてコロナウイルス下を生きる 2020/03/12



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2か月前、もしも誰かが私に、
「今から2か月後、あなたは深夜、熱湯に或るものを浸し、割り箸しでゆさゆさ揺するようになります。それは何でしょう?」
と質問しても、まったく見当もつかなかったに違いない。
今、私は、深夜にお湯を沸かし、沸騰後、たらいにそそいでその日に使ったマスクを入れ、割り箸でゆさゆさと揺すっている。数10秒揺すったら裏返し、また数10秒揺すったら裏返す。それを数回繰り返す。まるで天麩羅でも揚げているようで笑うしかないが、新型コロナウイルス流行と深刻なマスク不足によって生まれた、新たな日常風景だ。

今、日本のあらゆる街で、いや、もう世界中の街でと言った方がいいのだろう、2カ月前には想像もしなかった風景が日常を侵食し続けている。まるでウイルスのように。
多くの人が不安や緊張を強いられて日々を送っていると思うが、中でも私のそれは普通の方をはるかにはるかに超えるものだと思っている。何故なら、私は、同じ家の中に、肺の重度基礎疾患持ちの母を抱えているからだ。
そう、あらゆる通達や報道で、「重症化しやすい」「死に至ることも」と記される、肺の基礎疾患持ち。母の疾患はその最も高いレベルにある。
今日のブログでは、そのような基礎疾患者を抱える私が何を感じ、思いながら、この新型コロナウイルス下を生きているか、そしてこれからを生きようとしているか、を書いてみたいと思う。

      *

私の母は、15年前に肺癌を患い、右肺の5分の2を切除した。だから普通の人より呼吸を出来るスペースが絶対的に足りていない。更に5年前、癌は左肺へ転移し、現在、投薬治療を行っている。悪いことには約1年半前から、新たに脳の血管の病気を患うようになり、それを押さえるための強い薬も服用している。こういう人が新型コロナウイルスに感染した場合、ほぼ確実に、死に至る。

新型コロナウイルスに関する報道が始まり、重症化する人の特徴が分かって来た時、だから、私は激しいパニックに襲われた。それは何か、目に見えない巨人のような存在に首根っこをぎゅっとつかまれたような、或いは見えない斧のようなもので頭を二つに割られたような、言いようのない恐怖の感覚だった。
母は足が悪く、外に出ることが出来ない。だから、万が一新型コロナウイルスに感染するとしたら、それは、私か父がもたらすものということになる。
自分が、母の、死の原因になるかも知れない!
――そう思い当たった時、私は恐怖に縛りつけられたのだ。

     *

もう世界中の人が理解しているように、今回のウイルスの厄介な点は、感染しても発症までに長い時間がかかるケースが多いことだ。更には症状が出ない人も多く、また、現状、日本では無症状者は検査を受けさせない方針のため(その方針は正しいと思う)、自分が感染しているのかいないのか、確かめる術がない。そして、症状が出ていなくても、感染力は相当に強い。
これらすべてのことは、基礎疾患持ちを家に抱えている者にとって、そう、最悪の条件にあると言って良いだろう。

だから私は今、狂ったように1時間に数回も体温を測り、外出から帰宅後は、通りがかりの人が見たら笑ってしまうくらい熱心に玄関のドアノブを除菌ティッシュで清めてからやっと家に入る(そもそも玄関脇に除菌ティッシュを置いて備えている)。
もちろん即座に手を念入りに洗い、猫が私の顔に自分の顔をすりつけたがるので、顔も一緒に洗っておく。これは、母もしじゅう撫でてかわいがっている猫が、感染の媒介になってしまうことを防ぐためだ。
脱いだ衣類は、洗えるものはすぐ洗濯機に放り込む。ニットやコートなど洗えないものは決まった場所にハンガーで吊るし、スチームアイロンで蒸気消毒をする。もちろん日にも干す(紫外線にはウイルス死滅効果がある)。

外出時にも、トイレや店先のアルコール液などあらゆる機会を見つけて手を清めているし、洗い過ぎてひび割れが出来るとそこからウイルスが入ると聞き、ハンドクリームも必ず塗り込むようにしている。そもそも家を出る前に、本来は顔に吹きつけて使う花粉・ウイルスブロックスプレーIHADAを、手にも吹きつけてウイルスガードしている。

仕事のために電車に乗れば、マスクなしで大声で笑い、話す人が近くにいる時は、即座に違う車両へ移動し、出席者が近距離で座り、資料を回し見することの多い会議に参加する日は、事前にメンバーにメッセージを送り、入室前に必ず手を洗ってもらうよう依頼した(そのうちの何人かが会議中もマスクをしてくれたのを見た時は、涙が出るほどありがたかった)。楽しみに楽しみにしていた菊之助さんの舞台もあきらめ、飲食を伴うお茶の稽古も、流行の鎮静化までは自主的に欠席にしている。
…その他その他、気をつけていることは山ほどある。神経過敏だと笑われてもいい。たった一度の失敗が、油断が、母の死につながるかも知れないのだ。どこの世界に自分の親の死の感染源になりたい人がいるだろうか?

     *

そんな緊張と恐怖の日々が、もう1カ月以上続いている。
そして分かったことは、人間は、極限の精神の緊張を持ちこたえられない、ということだ。
恐らく狂ってしまわないための防御反応なのだろう、20日ほどを過ぎたあたりから、どこかにやけっぱちの気持ちが生まれて来るのを感じた。そして恐怖心はいつしか以前より、鈍く、薄らいでいた。
或いは、こうも言えるのかも知れない。恐怖に心が麻痺してしまった、と。
もちろん、表面的には、なのだろう。胸の奥底には今も真っ黒な恐怖が渦巻いているけれど、それでも、どこかに、狂ったように手を洗う自分を空の上から眺めて笑っているような、もう一人の自分がいることも、感じている。

     *

一体、この陰鬱な緊張の日々は、いつまで続くのだろう?
終息の見通しについては、専門家の間でも意見が分かれているようだ。
徹底的な移動・交流の制限をすれば、1、2カ月ほどで押さえ込める、とする専門家もいるし、事実、台湾やマカオは押さえ込みに成功しているように見える。
一方、今後もこの流行は世界規模で長期化する、或いは、ウイルスは弱体化した後(多くのウイルスは徐々に弱体化していくそうだ)、インフルエンザのような、毎年毎年つき合っていかなければならない常在ウイルスとなる、という考え方もあるようだ。
今のところ誰にも見通せないのは、新型なのだから仕方がないだろう。

もしも1、2カ月の強力な封鎖が有効であるなら、一時的な経済の痛みはともなっても、やはり全国民で協力しなければならない、と考える。
日本経済は内需のみで成り立っている訳ではないから、世界から「安全だ」と認めてもらえない限り、日本人に対する入国制限は解除されず、どこの国にも商談に行けないし、「日本に旅してみよう」というマインドも全世界的に戻って来ないからだ。
「春節需要を逃したら、経済が‥」という最初期のためらいが水際阻止の絶好の機会を奪ったように、どこかの業界に配慮して五月雨式にしていたら、永遠に封じ込めは出来ないし、経済も永遠に回復しない。配慮してもらった業界の人も、結局長く苦しむことになる。誰も傷つかない解決はない、という意識を持たなければならないのだろう。全員が傷つきながら、協力し合うしかない。

一方で、全世界的に長期化が避けられず、しかもこのウイルスの毒性が大して弱体化しない場合には、私のような近親に基礎疾患持ちを抱える人、また、基礎疾患持ちそのものの方は、或る程度生活を変えなければいけなくなるかも知れない――ということまで、考えざるを得ない。
例えば、地下で、窓がなく、小規模。けれど素晴らしい板前さんがいるお料理屋さん、といった店での会食に参加することは難しくなるし、同じような条件の劇場やライブハウスにも、出かけることは難しい。屋内でのスポーツ観戦や換気の悪いスポーツジム、或いは茶の湯での濃茶の回し飲みも不可能になるだろう。

けれど、だからと言って、すべての活動が不可能になる訳でもないように思う。
たとえば茶の湯なら、事前にご亭主に事情をお話しして、自分だけは回し飲みには参加せず、お茶碗の受け渡しだけにする、など、少しやり方を変えれば出来ることも多くあるのではないだろうか。
会食の場所も、他のメンバーに事情を話して、テーブルとテーブルの間にゆったりと距離があり、換気の良い店の窓側の席にしてもらえば良いだけのことだし(事実、私は、先日、そのようなお店でのビジネスランチには参加した)、一方、身近に基礎疾持ちを抱えず、自分自身も元気な人たちは、“狭く、換気は悪くても、味の良い素敵なお店”で楽しく集えばいい。
ただしその後2週間程度は、基礎疾患持ちやその家族、また、高齢者と、至近距離でマスクなしで話すことがないよう配慮するべきだ。

一般的な買い物や、美術館での作品鑑賞は、いわゆる“激込み”状態でなければ誰でも問題ないだろうし、屋外での様々な活動も、至近距離での接近や接触がなければ、何ら問題ないのではないだろうか(ただし帰宅後は必ず手を洗う)。
何もかも制限してしまえば経済そのものが破綻し、それはそれでパンデミックと同等レベルの災厄となってしまうように思える。

もちろん、お店の経営者やイベントの主催者も、これまでと同じ考えでいてはいけないのだろう。
感染は密集状態、且つ、つばや汗が飛び散る環境で起こることがはっきりしているのだから、とにかく何よりも、換気を確保する。「お客様と従業員の安全のために、当店では45分に1回窓を開けて空気を入れ替えます!」としたっていいし、席と席の距離もこれまでより広く取る。1時間に1回備品をアルコール消毒するなど、ありとあらゆる知恵を絞ってそれを顧客にアピールしなければ、結局じり貧になっていくのではないだろうか。

     *

あれこれと書いたが、それは、自分の周囲の人々のSNS上などでの発言を見渡していると、自分が健康体で、かつ、重症化しやすい家族を抱えていない人の群(健康群)と、重症化しやすい人、或いは重症化しやすい近親者を抱えている人の群(重症群)とでは、今回の事態の見え方も、心のあり方も、大きく違っているように思えるからだ。
ざっくばらんに言ってしまえば、健康群の人には、重症群の危機意識は過剰で社会の自由を縛るものに見えているし、重症群の人からは、健康群の人の無防備な行動や発言が非常に無神経に見えている。今後流行が長期化すれば、社会に分断が生まれていくのではないか、と危惧している。

そして、もちろん、そのような事態は最も避けなければいけないだろう。
健康群の人は、上に私が書いたような、重症群の人が抱えている強い恐怖を理解して配慮をもって行動するべきだし、重症群の人は自ら防御を強くして、多少は我慢やあきらめることもあるのは仕方がないとし、社会を縛り過ぎないよう振る舞うべきではないか、と考える。
互いに非難し合ったり、一方の側の声だけが大きくなるようなことは、最も避けるべきだ。どちらかの側が強く委縮し、結局社会は停滞して、全員の経済が苦しくなるだけではないだろうか。互いを理解して、協力し合う。そんなごく当たり前の、成熟した態度が求められていると思う。

もちろん、最も良いのは、特効薬が開発されることだ。伝統的に科学・医学分野に強いこの国で、その先陣を切れたら文句なしにカッコイイのだけど‥と願いつつ、もう一度、今日何十回目かに、体温を測ってみたりする。


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「クロワッサン」連載「着物の時間」にて、歌舞伎俳優中村梅枝夫人、小川素美さんを取材しました 2020/02/13



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マガジンハウス「クロワッサン」の連載「着物の時間」にて、今月は、梨園の若き奥様、中村梅枝夫人の小川素美さんを取材しました。

素美さんの出身は、京都。表千家の宗匠の家に生まれ、四人姉妹の三女でいらっしゃいます。
京都、四人姉妹、お茶の家=着物が日常に‥などとキーワードを並べると、もうそれは『細雪』の世界。うっとりして来ます。
そんな素美さんが梅枝さんと出会い、東京にお嫁に来ることに‥という人生の物語と、着物との関わりをお聞きしています。
たおやかで、でも、芯の強さもお持ちの素美さん。東京に来られてから着物の趣味が少し変わったとのことで、最新のお気に入りのお着物でのご登場です。ぜひご高覧下さい。
そして‥今回の仲介をして頂きました厚子さん、ありがとうございました!
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夏と冬、歌舞伎観劇の日のきもの 2020/01/23



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約一年ほど前、母の介護が始まって以来、きもので出かける回数もぐっと減ってしまったのですが、もちろんきもの愛は冷めることなく、母の体調の隙を見てはきもので外出しています。
久々のきもの日記は、相当前のこととなりますが、昨年8月と、着たてほやほやの先週、夏と冬の歌舞伎観劇の日のコーディネイトを。

まずは先週のきものから。国立劇場での初春歌舞伎に出かけました。
お友だちの厚子さんが主催の「着物で歌舞伎」に参加したもので、公演後、時蔵さんのトークショーと写真撮影も↓
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きものは、光琳水を現代的にアレンジした訪問着。渡辺雪三郎さん作です。まだ元気だった頃の母が気に入って即買いしたものですが、「今日、これ借りるねー!」と出かける前に見せても、認知症のため覚えておらず‥涙。
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↑気を取り直して‥合わせた帯は、大好きな模様「松皮菱」と竹模様を織り出した焦げ茶色地のしゃれ袋帯。西陣の「山勝織物」による手織りです。もう、大好きな雰囲気の帯で、インターネットきもの店の老舗「帯匠洛都」の閉店セールで破格で出ていたので絶対人には渡さない!と鼻息荒く入札。その気迫のためか、無事落札できました(笑)。帯は道明の亀甲組を。
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↑こちらは、石川県小松市の歌舞伎ゆるキャラ「カブッキー」くんと。勧進帳の弁慶をキャラクター化しているのですね。かわいいです。
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↑「着物で歌舞伎」のこの日の参加者全員での記念撮影が、こちら。これだけの人数がきもの姿、という風景はなかなかに圧巻です。国立劇場の中央~花道近くの良席を、きものジャック致しました☆

     *

さて、もう一コーディネイトは、季節をぐーっと巻き戻して、昨夏の歌舞伎座。
ここ数年の八月の人気演目、幸四郎さんと猿之助さんによる「東海道中膝栗毛」を観に出かけました。
この日は、お友だちの島田史子さん主催の歌舞伎鑑賞会「和粋会」に参加して。公演後、美味しい中華を頂いているさなかに、何と幸四郎さんが来て下さるのです。そして、な、何と、くじに当たり、素敵なプレゼントを頂いた上、幸四郎さん、史子さんとのお写真撮影も。きゃー☆
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↑顔がにやけてしまっていますが‥
きものは、白揚げと刺繍で楓の木立をあらわした絽の訪問着。高麗屋さんの定紋にちなみ、花菱の袋帯を合わせました。寄りの写真を撮り忘れてしまい、もっと詳細にお見せ出来ないのが残念。せめて着物と帯を置き撮りしようと思いましたが、悉皆中でした‥

頂いたプレゼントはこちらです↓
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幸四郎さんと史子さんがプロデュースしている「擽紅」という紅。口紅としてはもちろん、薄く取って頬紅としても使える優れた一品です。

きもの好きということらご縁がつながった歌舞伎にゆかりの深いお友だちのお力で、いつもとても良いお席で観劇させて頂いています。厚子さん、史子さん、ありがとうございます!
そして、何より、舞台の上の、実生活とはまるでかけ離れた世界へと心がはばたくことで、毎日のつらいこともパーッと霧が晴れていくようで。今年も何とか時間をみつけて、歌舞伎観劇に出かけたいと思います。もちろんきもので♪

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「婦人画報」2月号にて、「今を生きる、柚木沙弥郎」を取材執筆しました(深澤直人さんとの対談付き) 2020/01/14



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発売中の「婦人画報」2月号にて、97歳にしてなお世界から最新作が待たれるアーティスト、柚木沙弥郎さんの最新作と、その創造力の源泉を探る特集を担当しました。
柚木さんのファンでもある日本を代表する工業デザイナー、深澤直人さんとの対談付きです。

‥‥と、自分で書いていても「これは担当した人、プレッシャーとてつもないな!」と言いたくなる仕事。昨年秋の終わりから冬の初めは、この原稿のことで日々脳が千切れそうになり、心臓はまさにプレッシャーでキリキリしていました。
当初は、「婦人画報」の三人称視点で柚木さんの制作哲学やこれまでの道のりを書いていく‥ということで企画がスタートしたのですが、取材を進め、柚木さんとたくさんのお話をする中で、私が、柚木さんの独特の語り口を具現化しつつ原稿に落とし込むべし、ということに方針変更となり‥かくして呻吟しながら原稿に向かう日々となったのでした。

その成果は、もちろん、「婦人画報」2月号をお手に取ってご高覧頂ければと思います。
戦争で灰色の青春を時代を送り、その後、柳宗悦、芹沢銈介、河井寛次郎らが闊歩する民藝運動に魂を揺さぶられ、染色の道へ。工芸と芸術の相克に深く悩みながら、やがて染色の枠を超え、独自の芸術世界を作り上げて来た柚木さんの長い道のり。その根底にある純粋な情熱。それは深澤さんにも共有されているもので‥‥
‥‥と、創作を生業とする人にも、また、そうではない人にとっても、人が生きることの根源を思索する記事となっています。もちろん、二人の巨人と接した私自身にとっても、来し方行く末についてひたひたと考える大きな機会となりました。写真は、柚木さんを撮り続けている木寺紀雄さん。ぜひご高覧ください。

去年今年 2020/01/06



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新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

毎年、年の瀬に清水寺で発表される「今年の一字」にならってみるならば、昨年の私の漢字は、「介」と「港」だった。
一字には絞り切れない。
「介」は、母の介護。「港」は香港騒乱を表している。
年初より、七十六歳の母の持病と認知症が急激に進行して介護に明け暮れつつ、初夏には香港の激しい抗議活動が始まり、自分の意思を明らかにする必要に迫られた。そして常に友人たちを案じながら半年を送って来た。

思えば、四十代のうちから親の介護をするというのは、日本社会の標準から言えばやや早い方だし、香港の問題は、対岸の火事と言えば言えなくもない。
けれど、見方を変えれば、どちらもすべての日本人に――濃淡の差はあるとしても――影を投げかけている事象であり、おそらくこれからその影がより深まっていく事象でもあるだろう。だから、積極的な見方をすれば、自分は時代の最も先鋭的な部分を歩いているし、経験と思考を先取りして積み重ねている。そう考えることにしている。

もちろん、たとえば戦国時代にも、それからあのアジア太平洋戦争の時代にも、日々の中に小さな楽しみはいくつもあったように、私の毎日にも心嬉しいことは存在している。
美しいものを見ること、深い知的な営みに触れること、解かれていない歴史の事象に思いを馳せること(私は、歴史とは一種の推理小説であると思っている)、そして本当に気の合う人たちとの会話の時を過ごすこと。猫と遊ぶこと。
何より書くことを愛しているから、今年も、頂いた依頼に対して常に自分が最初に定めた限界設定を超えるレベルの原稿を返せるように、また、それとは別に、自分自身のプロジェクトも進めていきたいと思う。

年が終わる頃、今年の一字はどのような字だと感じるだろうか?
未来に対して、天真爛漫な予期は持っていない。淡々と、心を尽くして生きていく。

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